大学なんてオワコン?なめらかに社会とつながる教育の構造を、受験指導10年の僕が考える

こんにちは、ふたがみです。

「大学って行く意味あるの?」。この疑問、僕は真っ当だと思っています。

大学受験の指導を10年やりながら、僕自身、大学のあり方にはずっと疑問を持ってきました。だから、この違和感は他人事ではないんですよね。

ただし結論を先に言うと、「大学はオワコン」と切り捨てる話ではありません。悪いのは学生でも大学でもなく、学校社会と実社会が離れすぎている「構造」のほうです。

この記事では、その構造がどうなっているのか、どこを変えれば教育がなめらかに社会とつながるのかを考えていきます。

「授業が休みだと喜ぶ学生」|大学の不思議な構造

以前、あるスタートアップ系メディアの記事に、こんな趣旨の指摘がありました。

学生は大学に多額のお金を払っているにもかかわらず、サービス本体である「授業」が休講になると喜ぶ。レストランで注文した食事が運ばれてこないのに、クレームどころか喜んでいるような状態だ。

これ、本当にその通りだと思います。原因についてその記事は「学生が『大学を卒業すること』自体を目的にしているため」だとしていて、これもその通りですよね。

ただ、だからと言って「学生が悪い」「大学のシステムが悪い」という二元論で終わらせたくないんです。複雑に絡まった糸をほどくように、どこを改善すれば解決に向かうのかを考察していきます。

大学に行く意味が見えない理由①|学校社会と実社会の乖離

まず土台の構造から。学校社会と実社会が乖離しすぎていて、子どもたちが「やりたいこと」「目標とする仕事」「身につけたい資格」、つまり大学でやるべきことを見つけづらい構造になっています。

大学のパンフレットを見ても綺麗事が多くて、実際に何を学べるのかが伝わってきません。就活の企業パンフレットと同じ構図ですね。

オープンキャンパスに行かなくてもわかるようにした方がいいと思いますし、正直、行ったからわかるというものでもありません。この辺は大学側の工夫と改革が必要だろうと思っています。

B to Bの世界を、高校生は知らされていない

教育制度の側にも課題があります。小中高で「仕事」について学ぶ機会が足りません。

職業体験や社会科見学はあるけれど、あれは B to C(Business to Customer=お客さんに直接ものやサービスを売る仕事)の業界に偏っています。

ところが実社会では、B to B(Business to Business=会社に対してものやサービスを提供する仕事)の方が数として多いんです。それなのに子どもたちが知る機会がほとんどないから、業界大手であっても高校生には全く認知されていない会社がたくさんあります。

つまり高校生は、世の中の仕事の一部しか見えない状態で進路を選ばされています。「やりたいことが見つからない」のは、きみのせいというより、この情報の非対称のせいでもあるんですよね(この「進路は情報戦」という話は将来は逆算できない|B2B/B2Cと"情報戦"の進路で深掘りします)。

大学に行く意味が見えない理由②|大学のシステム側の課題

大学生と話していてよく聞く不満は、だいたいこの3つです。「語学多すぎ!」「授業つまらない!」「休講ヤッホーイ!」(笑)。

特にワクワクして入学した1年生にとって、授業がつまらないというのは死活問題です。

学生を2タイプに分けて考えてみます。

学びたいことが決まっている人にとっての大学

専門を深めたくて入ったのに、本人が望まない必修の語学や第二外国語に多くの時間を取られてしまいます。

学生主体でカリキュラムを考えるなら、見直せる余地はかなり大きいと思います。学びたいことに時間を集中できる設計になっていないのは、もったいない構造ですよね。

まだ学びたいことが決まっていない人にとっての大学

そもそも「やりたいことを見つけるため」に大学は最適な場所なのか。他に選択肢がないから大学を選んでいる人がほとんど、というのが実感です。

僕は、高校在学中でも卒業後でも大学1年時でも、いろいろな仕事を経験できるインターンのような制度があってほしいと思っています。たとえば「最低6つの職種を2ヶ月ずつ体験」とかですね。

「これに興味があるから、大学でこういうことを学ぼう。学部学科はこのへんかな」と、実感ありきで選べた方がワクワクするじゃないですか。途中で興味が変わったら学部学科を変更できる柔軟さもほしいです。やりたいことが変わらない前提でカリキュラムが設計されているなら、そこにも課題があると思います。

それでも「大学はオワコン」ではない|第3の道という考え方

ビジネスとして見ると、大学業界は今も成り立っています。少子化でも学生数はある程度担保されていて(一部を除き)大学側が選べる立場にあり、国から助成金もおり、新規参入しづらい市場だからです。「大学に行かないと将来が不安」という心理が、この構造を下支えしている面は否めません。

とはいえ、大学の気持ちもわかります。成り立ちを考えれば大学はそもそも研究機関で、勉強し研究する場所です。

それが「就職準備」「やりたいこと探し」まで世間から求められるようになり、応えきれない構造になっている。オワコンなのではなく、役割を背負わされすぎていると言った方が正確だと思っています。

だから僕は、「大学に行くか、行かないか」の二択の外に、第3の道があっていいと考えています。やりたいことを見つける場所。仕事にしたいものを見つける場所。実社会に触れながら、なめらかに社会とつながれる「場所」。きっと同じことを考えている人や企業が、いるはずなんですよねえ。

そして今の制度の中でその「第3の道」に一番近いのが、実は総合型選抜的な進路の選び方だと僕は思っています。大学と社会と自分のやりたいことを、受験勉強の段階で接続してしまうやり方ですね。

まとめ

  • 「大学は意味ない」と感じる違和感の正体は、学校社会と実社会の乖離という構造にある
  • 職業教育はB to Cに偏り、数の多いB to Bの世界を高校生は知らされていない。進路は情報戦だ
  • 大学のカリキュラムは「学びたいことが決まっている人」にも「決まっていない人」にも最適化されていない部分がある
  • ただし大学はオワコンではなく、研究機関としての本来の役割に対して背負わされすぎている
  • 「行く・行かない」の二択の外に、実社会と接続しながら学ぶ第3の道があっていい

勉強と将来の繋がりの全体像は、勉強と人生の"つなぎめ"の全体マップにまとめてあります。


大学と社会と自分を、受験の段階から接続する方法があります。

「何を学びたいか」「それが社会のどこに繋がるか」を自分の言葉にして大学に伝える入試。総合型選抜は、まさにこの記事で話した「なめらかな接続」を自分の手でやる進路選択です。仕組みから準備まで、一からまとめてあります。

総合型選抜のすべて|やりたいことを、進路に翻訳する